その星の名は

星空を眺めてみたことはありますか?


丁度よかった、今の時期が天体観測に最も適した季節なんですよ。どうしてかって、それは冬は夜が長いから?冬は空気が澄んでいるから?冬は一等星が多くて星が発見しやすいから?そうじゃない。そうじゃないんだよ。


冬という寒く、凍える季節には、天体観測なんて孤独な遊びが似合うからだよ……って、彼女は言いました。


冬の星空には、彼女との思い出が詰まっているんだ。握った手を解いて、空を指差す「ほら、オリオン座」って。余ったマフラーをひらりとさせて、踊るように、空を見上げて、くるり、と。


オリオン座は1年で最も見つけやすいからね、誰でも見つけれるの。で、砂時計の形の左上、あの明るいのがベテルギウス。反対の、右下の明るいのがリゲルだよ。ベテルギウスは赤いでしょ?リゲルは白いの、だから源氏とか平氏とか言われてるけど。


彼女は、こちらには目を向けず、ひたすら空を眺めていた。僕は、生返事をしながら彼女を眺めていた。だって僕にとってみれば、彼女こそが一等星だもの。あの空のどれよりも輝いて見えるんだもの。


あのね、それで真ん中に、そのー、砂時計の『くびれ』になっている3つの星があるじゃん。その3つの星を結んでさ、そのまま左下にずずーっと下がっていくと……ほら、あのさ、すっごい明るいの見える?ねえ……ねえってば!


あ、うん。


あのすっごい明るいのがシリウス、1年で1番明るいんだから。3つの並んだ星を、シリウスとは反対の方向、そうそう右上の方に伸ばすじゃん。ちょっとズレるけど、大体ね、その辺に赤い星があって、それがアルデバラン。牡牛座だよ。そういえばダイスケ君って何座だっけ?9月30日生まれだから、天秤?


あ、うん。


ちょっと、もー、さっきからそればっかり。せっかく私が説明してるのに、聞いてなかったでしょ?


そんな彼女との思い出が、星空なのです。恥ずかしく、それでも純粋な、美しい記憶。や、この話、書くのは躊躇われましたよ、だって……その、妄想だもん。落ち着いてよくよく考えてみると、なんと驚くべきことに、この手の届く距離には彼女は実在してなかったんでした。マジでビビるわ。驚愕の事実。裏声で独り星空解説を呟くのも疲れてきたし、それに対して自分で返事をするのも、周囲の視線が痛くなってきて、もう我慢できなかった。


これが、僕と、薄い画面1枚で隔てられた彼女との物語です。タッチペンを背面にしまって、NintendoDSiを折りたたむ。かじかんだ手ともにポケットに突っ込んで、そそくさと帰路に着くのでした。


でもいいんだ、電源ボタンを押せば、そこにはいつだって燦然と輝く一等星が見えるんだから。ほら、別に恥ずかしいことじゃないさ。みんなも、勇気を出して踏み出してごらん。ちょっとヨドバシカメラに行って、カウンターに持って行って金を払うだけじゃないか。



そこには、寧々さんという名の一番星。



  第九回雑文祭参加作品